主に、
劣悪な漫画を「表現の自由」という理由で野放しにしてよいのか~自民党・土屋正忠議員法務委員会質疑書き起こし
を読んだ感想を。
まあぶっちゃけた話、上記記事の土屋議員は、
が、
- いかにクソでゲスな表現であろうとも
- それが他者の権利を侵害しない限り
- 最大限、その表現を行う自由を国に保障させる
という、「概念」である、と言うことを全く持って理解してないっぽいので、これはもう、国会議員としての資質に欠けるのではないか、と僕は思う。
で、それはそれでおいておくとして、仮に、
○○ という表現は劣悪であるから規制する
というコトを行っていった場合でも、
劣悪な ○○ という表現
と言うモノは、 決してなくならない と僕は思う。
と言うのも、ダルマ落としを想像してほしいのだけれども、
- ダルマ落とし=表現された内容の自由
- 劣悪な表現=ダルマ落としの最下部
と仮定して、
- ダルマ落としの最下部=「劣悪な表現」
を一つ、
- 叩き出してダルマを落とす=「劣悪な表現」を規制する
したとする。
そうすると、
- ダルマ落とし=表現された内容
は一段下がる訳だけれども、その状態でも、やっぱり最下層の段、すなわち、
- ダルマ落としの最下部=「劣悪な表現」
は
- 別の色の段が最下層になる=別の表現が「劣悪な表現」となる
ことから、やっぱり、
- ダルマ落としの最下部=「劣悪な表現」
は無くなっていない、と言うことは言えると思う。
で、ここまで言えば大体分かると思うけれど、
- 「ダルマ落とし=表現の自由」の「最下層=劣悪な表現」を「叩き出す=規制する」コトをしても
- 「別の色の段が最下層になる=別の表現が『劣悪な表現』となる」コトから
- 「劣悪な表現の規制=ダルマ落としの最下層をはじき出す」コトは、 劣悪な表現を根絶するには至らない
と言えると思う。
で、その
- 「ダルマ落とし」=「表現の自由の規制」
を繰り返すとどうなるかっていうと、まあ簡単に言えば、こともあろうに民主主義国家で、ナチスドイツの退廃芸術の云々と同じことを繰り返す、というアホなコトを繰り返す羽目になるのではないかな、と僕は思います。
まあはっきり言って
- 「表現の自由」を規制する
という行為の行き着く先は、
である、と僕は思います。
まあでも、件の土屋議員は、あのクソみたいな改憲案出してきた自民党の所属議員っぽいので、まあそういう憲法の理念もクソも理解していないのはむべなるかな、とは思いますが。
ま、先に貼った記事、
劣悪な漫画を「表現の自由」という理由で野放しにしてよいのか~自民党・土屋正忠議員法務委員会質疑書き起こし
を読んで思ったのはそんな感じですね。
まあ簡単に言えば、
- 「劣悪な表現」をいくら規制しようとも
- 別の表現が「劣悪な表現」扱いになるため
- 『「劣悪な表現」規制』は際限無しになる
という感じで、最後に言っておきたいコトは、
とは言っておきたいと思います。
ま、と言う感じで本日の言いたい事は以上です。終わります。