――それはきっと素敵な夢で、それはきっと残酷な夢なのだ。
夢を見るのは割と簡単だった。
ネットでそろえられないモノは無いと謳われる昨今、 ネットを漁ればいろんなモノが手に入る。
そう、OSX の夢を見るための手順書なんかも、各国の言語でぶちまけられているのだ。 栄華を誇っているのか、世も末なのか。このあたり、私にはよくわからないけれど、 とりあえず手に入るモノは利用する主義なので、気にしないことにする。
それで、そう、夢の話。
この間、とある経緯で入手することとなった Mac OS X 10.6.3 のリテールディスク。 プログラマーの夢のステキアイテム、Macbook Air を手に入れるため、 ささやかなお小遣いを貯めている私にとっては、本当に夢のような贈り物だ。
だけど、Macbook Air を手に入れるためお小遣いを貯めているような私にとっては、 この手に入れた Mac のリテールディスクを活かす手段がない。
だって、Mac OS X は Mac のハードウェア上でしか動かない。 Mac OS X のリテールディスクがあったところで、それはただの飾り物。 単なる DVD という記憶メディアでしかないのだ。でも、私は Mac を体験したい。
――だから、私は夢を見ることにした。
用意するものは、さっきネットで手に入れた手順書。あと Mac のリテールディスク。 で、それととりあえず VirtualBox。
やっぱり、いきなり実環境で夢を見るのは厳しいものがある。 というか、今のところ、あやふやな夢の世界で、実環境を使う勇気はない。
まあそんな前書きはどうでもいい。
私はこれから、夢を見るんだから。
――結果は可もなく不可もなく。私は夢を見ることに成功した。
が、正直言って、夢の世界は夢の世界。現実という世界はやっぱり厳しいことを実感した。
夢を見ることはできた。手順書があったから割と簡単に。でも私には足りないものがあった。
――そう、スペックである。
ぶちまけた話、私の唯一のメインマシンは、2〜3 年前の、BTO で買った、中の上ぐらいのマシンである。 その当時としては結構なスペックのマシンで、私は確か一式を 18 万円ほどでそろえたんだっけか。 まあ今でも日常生活を送る上では、そう不自由しないマシンなのは確かだ。
でも。夢を見るには力不足なのであった。
まず、CPU が Core 2 Duo という今となってはただのデュアルコア。 ハイパースレッティングなんて洒落たモノなんか付いてない。 なんで、夢に割り当てられる CPU のコアは 1 コアだけで、なんとも心もとない。
さらに致命的なのは、メモリが 2GB しか積んでなかったこと。
はっきり言おう。夢の中の Mac たんは、メモリを最低 1GB 要求してきて、 この要求に答えなければ、夢を見続けることはできない。 でも、この 1GB というのは私のマシンにとっては結構な容量で、 夢を見る途中、私の相棒のメモリ使用量は、なんと 80%を超えていた。
はっきり言って、おつむ(CPU)も足りないし、一時記憶力(メモリ)も足りない私たちにとっては、 夢は夢。夢を見ることがなんとか可能となるだけで、夢を見続けるのは、なんとも無理なお話なのであった。
とりあえず、今は夢を半分見つつ、この日記を書いている。
というか現状を説明すると、Time Machine のバックアップを動かしつつ、 今この日記を書いている、というのが現実だ。 まあ、バックアップが終わったら、また元の日常に戻ろうかと思う。
とりあえず、夢の一部を見れた点については大変満足で。 私たちは夢を見るのに力不足なので、とっても残念という感じだ。
というか今回夢を体験した感じたのは、夢を見るには相棒を改造するか、 あるいは新しい相棒を迎えなければならないということだ。
先にも述べた通り、私はささやかなお小遣いを Macbook Air を購入するために貯めてたりするが、 もし今相棒をごにょごにょしようとすると、私の愛しい Air たんは、遠い彼方へ行ってしまう。
私がちょっとだけでも夢を見れるようになったのは、まあたまたまに過ぎないけど。 その夢を見るために、将来にある確固たる現実を犠牲にしてしまうと、なんというか本末転倒だ。
――まあ、だから。結局、夢は夢のままで。私は相棒とともに撃沈したのであった。
Mac in dream. finished.